殺されかけたと「その辺に咲いてた花が綺麗だった」みたいなノリで言われたので、肝が冷えた。
遠く置き去りにされた現代での生活において、そんな物騒な話を聞いたことがない。単に私が幸運だっただけかもしれないが。だとしても、だ。
「いつの間にそんな危ない目にあってたの」
あさぎりゲンくんはどこから見ても非戦闘員であったし、実際そうだ。彼の武器は刀や槍ではなく、言葉だった。
「そりゃ流石にビックリしたよ?現代じゃ考えられないしね〜フツウ。でも俺だって仕込みはしてたし千空ちゃん達に手当てしてもらって今はこのとおりピンピンしてるし?何より女の子の前ではカッコつけたかったりしちゃうの、これでも」
男だろうが女だろうが、命を狙われたら怖いに決まっている。
そしてそれはこの時代だろうと三千七百年前だろうと、変わらない。
矜持というやつなんだろうか。コハクさんの言葉を借りるなら「男というのは面倒だ」である。
「男の子にそういう習性があるのは分かった」
「習性て」
言葉には力がある。さらりと事実を伝えただけでも、その一言でどれだけ私の心を揺るがすことができるのか。彼に分からないはずがない。
「ちなみに女の子はね……」
カッコつけたいという彼の言葉どおり、わざわざ私を不安にさせる意味なんてありはしない。でも知った以上、心配くらいはさせて欲しい。
女の子の我が儘な願いだと言われても、カードを先に提示したのは彼なのだから。
「女の子は、男の子がこっそり見せてくれる弱い顔が……かなり好きだったりする」
傷つけられたのだろうか。ここも、ここも?目の前に立っている男の子が、彼自身の血で……
そんなことを考えたら、つい手が伸びてしまった。
ひんやりと指先に吸い付く頬。
生きている。この世界で。未だに疑ってしまう瞬間もあるけれど。
「痛かった?まだ、痛い?」
お互いの視線がぶつかると、口を開けば軽やかな羽のように舞う彼の言葉が一瞬。ほんの一瞬だけ、途切れた。
「……い、」
いつの話だ。傷は疾うに癒えている。
体はそうだろう。じゃあ、その中は?
ゼロコンマ数秒の間に私が全力で思考を巡らせても、やはり彼の方が速かった。
僅かに彼に触れていた手が、行き場を失くす。
「いやだな〜〜!!もう全ッ然痛くないし寧ろそういえば俺一回殺されたんだっけ〜ってくらいよ、ジーマーで。ね、だからカッコつけさせて?」
堰を切ったように次から次へと出てくるものだから、口を挟む隙もない。
これは嘘、それも嘘。あれは、どっちだろう。
彼から発せられる大量の情報を仕分けるのは本当に骨が折れる。
砂利の中から砂金を探すというのは、こういうことなんじゃないだろうか。
「アリガトね、心配してくれてさ。可愛い女の子に心配してもらっちゃって元気が出たよ〜」
ペラペラ、ヒラヒラ。人使いの荒い村長様に呼び出されていたとかなんだとか、言葉と手を翻して彼は軽やかに立ち去っていった。
待ってよ。とも、じゃあね。とも言わせてもらえなかった。
「あ、あとね。ギャップは俺も好きよ?」
先ほど触れたのは幻だったのだと言われても信じてしまいそうだ。
その立ち振舞いから、彼が蝙蝠と揶揄されているのは知っている。本人もそう言っているくらいだ。だけど私は。
――蝶の羽に触れると、鱗粉が取れて飛べなくなってしまうんだよ。
ついこの間のことのように感じるが、実際は遥か昔。
私の両親が教えてくれたことを思い出していた。
羽の模様が裏と表で全く違う蝶々がいる。庭先に現れるその蝶を、私はどうしても捕まえたかった。その羽の模様を近くで見てみたかった。
「……余計なお世話、だったかなぁ」
日の当たる場所にいる今の彼は、遠い日に夢中で追いかけた、それに似ている。
2019.11.24 ひらり瑠璃立羽
back